素敵キラペンやっふい!!
バケツをひっくり返したような大雨。土砂降り。港に停泊している船はぎしぎしと音を立て、風雨が窓を叩き、昼間だというのに空は灰色。その日はそんな天気だった。外に出ることが億劫になる鬱々とした空模様なのだ。…本来は。
「さて、どうする…」
こん、と壁に打ち付けた仮面が小気味良い音を鳴らす。仮面に隠れて顔は見えないが、キラーの心臓は煩く鼓動を打っている。憂鬱な天気なんて吹き飛ばすような幸福。いや、緊張が胸を占める。今すぐ外に出て、篠突く雨に頭を冷やしてこようかとキラーは真剣に考えた。
「…落ち着け」
自分に言い聞かすように唸っている姿は、とうてい殺戮武人と呼ばれる賞金首と同一人物には思えない。そこにいるのはただ、恋人がシャワーをしているという状況にそわそわしている一人の男だけである。
「なあキラー、服貸し……なにしてんだ」
シャワー室の扉が少し開いて、そこから顔を覗かせたハートの海賊団船員のペンギンはキラーの姿を訝しげに見上げる。キラーはといえば、ほかほかの湯気に包まれたペンギンに頭が真っ白になって。
「あ、ああ…持ってく、る」
途切れ途切れに返事をすると、人形のようにぎくしゃくと脱衣所を出て行った。
ずぶ濡れのペンギンがキラーの元を訪れたのは先刻のことだ。
普段被っている帽子からブーツのつま先まで濡れ鼠になったペンギンが最初に言ったのは『雨宿りさせてくれ』だった。普通ならば一人で敵船に乗り込んできて一体なにを、というところだが生憎キッド海賊団にとってペンギンは普通ではない。迎え入れてシャワー室に案内して甲斐甲斐しく濡れた衣服を干すのは、彼がキラーの意中の相手だからだろう。
「悪いな。世話をかけて」
「…かまうほどのことじゃない」
キラーは背中を扉に預けて座りながら、悶々としていた。脱衣所の扉で一枚隔てた向こうから、ペンギンが着替えながら話しかけてくる。船の床は冷え冷えとしていたが、今の自分には丁度いいとキラーは膝に顔を埋めた。所謂三角座りというやつで。
本当は布が擦れるような音を聞いているだけで自制心が外れそうだった。だが自分がこの場を離れ、もし誰かにペンギンの着替えを見られたらと思うと癪で、キラーはこうして門番となっているのだ。
二人は恋人だったが、体の関係はまだ片手で数えて足りるほどである。付き合えば襲うようなものかと思いきや、キラーは見た目に寄らず《恋愛》に関しては慎重だった。悪く言えば根性がない。
未だにペンギンの裸だとか性交前だとかに緊張を覚えるキラーは、なんとか頭を冷やそうと努力していた。けれども思い出されるのはペンギンが船を訪れたときのことで。雨で濡れた頬、水を吸って重そうなつなぎ。それらにも随分悩まされたが、今この扉の向こうにいるペンギンは何も纏ってない。その事実が余計に彼の心をかき乱す。
「街から船に戻る途中だったんだが、急に雨が降ってきてな。こっちの方が近いから寄らせてもらった」
「そうか…風邪、ひかないと良いな」
雨万歳ととるか否か。ペンギンに返事を返しながら思う。波に揺られる船がぎいぎいと悲鳴をあげるが、それが最中のベッドの音を蘇らせてキラーは唸った。このままだと自分の理性は負ける。恋人なのだから我慢はしなくても良いのだろうけれども、緊張することは本当なので結局ため息を吐くしかない。
「あ」
「どうした」
「キラー、悪いんだけどさ」
蝶番が軋んだ音を鳴らして背中を支えていたものが消えた。薄暗い廊下にオレンジ色の光が溢れる。キラーはペンギンの着替えが終わったのだと思って、少しだけ安心して後ろを振り返った。
だがしかし。
「…!?」
予想に反してペンギンの着替えは終わっていなかった。
上は、着ている。キラーの渡した服に袖を通して、だらしなくではあるがボタンも留めている。首元が大きく開き鎖骨まで露出されていてキラーは生唾を飲み込むが、そこはまあ良い。問題は下だ。
何も纏っていなかった。
「下着も貸してくれないか。このままだとズボンがはけない」
そう言葉を紡ぐペンギンにキラーは言葉をなくした。身長はそんなに違わないのに、筋肉量の差なのか服の袖が余っていた。そこからちょこんと出ている指先。水に濡れた髪からぽたぽたと雫が垂れる。下半身はキラーから見れば逆光だったが、締まった美脚――この場合はキラーにとっての――が惜しげもなく晒されていた。大事なところは辛うじて服の裾に隠れていたけれど、少し動いたら見えてしまいそうで。
「……キラー…?」
「そ、んな格好で出てくるなっ!」
我に返ったキラーは、咄嗟に叫んだ。一瞬怯んだペンギンの手からドアを奪い、勢いよく引いて閉じる。
「持ってくるから、待ってろ!」
荒々しく叫んで自分の部屋に向かって走った。そんな怒ることないだろ、とペンギンが不満を漏らす声が聞こえたような、そうでないような。廊下を駆け抜け部屋に飛び込んで、よく見ることもせずに下着を引っ掴む。顔がやけに熱かった。ついでに体も。すれ違った船員に声をかけられた気がしたが耳に入らない。脱衣所の扉をほんの少しだけ開けてぶっきらぼうに下着を突っ込むと、ペンギンが何か言う前に扉を閉めた。
「…ありがと」
急に走ったからか緊張したからかわからないが荒い息を整えていると、数秒の沈黙の後にペンギンの控えめな声。おずおずとしたその物言いによってキラーに冷静さが戻ってくる。心音は未だ煩いままだったがとりあえず深呼吸。扉にごんと仮面を押し付けて、いや、と小さく呟いた。
「怒鳴ってすまなかった。ただ少し…驚いて」
「ん…気にしてない。……ぁ」
「今度はなんだ」
もそもそとペンギンの動いている音がするが、何をしているのかわからない。中を覗くわけにもいかず、キラーはあーだのうーだの唸っているペンギンの声を落ち着かない心境で聞いていた。やがてオレンジ色の光を放ちながら再び扉が開き始める。今度は少しずつ。
「なぁ、ボクサーパンツじゃなくてトランクスはないのか」
「だからそんな格好で出てくるな!」
出てきたのは先ほどと変わらないペンギンだった。
配慮なのか知らないが開けた隙間は狭かった。狭かったが、下半身はやっぱり何も身に着けていない。扉の隙間から顔を覗かせるのに身を乗り出しているせいで、首元から胸の飾りが見えてキラーは思わず、誘ってるのか! と口走ってしまった。
今まで耐えていた分、それは本音以外の何物でもない。ペンギンは目を丸くして口を閉ざす。ペンギンの頬に朱色が差すのを見てキラーは我に返るがもう遅い。あ、やってしまったと思った瞬間には既に体が言う事を聞かず強張って、足に根が生えたように動けなくなった。二人の間には気まずい空気が漂う。
「えっ…と」
顔を赤くさせたペンギンが、うろうろと視線を彷徨わせる。それは彼が恥ずかしいときにする癖だった。ペンギンは躊躇した後、徐に扉を人が通れるほどまで開けるとキラーの服の袖を引っ張った。キラーは動揺して振り払うことも逃げることも出来ずにペンギンの指を見つめる。爪の整っている綺麗な指だった。ペンギンは自身の唇を舐めて濡らしてからおずおずと口を開く。
「一応、誘ってるんだけど…」
雷が轟く音がする。薄暗い廊下に一瞬閃光が走る。だがそれを認識できないほど、キラーは呆気に取られた。自分が聞いたにも関わらず。
「……は?」
何を言われたかわからないまま立ちすくんでいると、次の瞬間キラーの視界に入ったのは、後ろ手に扉を閉めるペンギンだった。オレンジ色の世界に招かれたのだと気がつくのに数秒。脱衣所特有の湿った空気がキラーの鼻をくすぐる。鍵がかけられた音は、まるで理性のタガが外れる音で。
「本当は街から船に向かってたんじゃなくて…船からここに向かってたって言ったら、引くか」
両足の指をもぞもぞと動かして、ペンギンはキラーを見上げる。その目が上目遣いで潤んでいて、キラーは頭を殴られたような衝撃を受けた。眉を押さえようとして、仮面をつけたまま故にそれが叶わないことを知る。が、仮面をつけたままで良かったとキラーは思った。自分は今変な顔をしているという確信に似た何かがあった。
「お前は本当に…」
「…迷惑、か?」
「そんなことは…、…っ!?」
ぎゅうと温かいものに包まれる。気がつけばペンギンの肩が目の前にあった。キラーの服を纏ったペンギンはキラーと同じにおいがして、まるで彼が自分のものになったような錯覚。ペンギンが耳元で囁いた科白にキラーの心臓は大きく跳ねる。馬鹿みたいに鼓動を打つそれはペンギンから伝わってくるものと同じで。
「キラー、緊張してるのか」
「っ…お前も、だろ」
「ああ…違いない」
キラーの口癖を真似て笑ったペンギンに、キラーは確かに自制心の崩れる音を聞いた。
Do as you like!
(我慢は無用!)
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「彼氏シャツ一枚なペンギンに対するキラーの反応」というアホなリクエストに答えてくださったあげもさんの素敵小説・・・!神です!神の領域です・・・!!すごいよぉぉぉ!!!
指先だけ出てるとか、はいてないとか、恥ずかしそうに足の指もだもださせるとか・・・!愛らしいペンギンの破壊力たるや・・・!!こんなのに誘いかけられりゃあキラーさんだって落ちますよねー^q^
素敵小説、ありがとうございました!(`・ω・´)ゞ
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文とか絵とかコスプレとか色々手を出していたりするダメ人間。いろんなことに迷走気味